著者インタビュー
――『素問』『霊枢』はいつごろ書かれた本ですか。
家本 『素問』『霊枢』は『漢書芸文志』(西暦82年ごろの図書目録)には出てきませんが、『傷寒論』(西暦200年ごろ)の序で初めて『素問』と『九巻』(霊枢)の文字が出てきます。ですから紀元前100年ごろ、前漢武帝の時代にできた本だろうと思われます。『素問』『霊枢』は同時期にできたと考えてよいでしょう。
――『素問』『霊枢』の違いについて、教えてください。
家本 内容的には、『素問』は理論、『霊枢』は実践と言えるでしょう。『素問』には陰陽、五行、三才が書かれています。三才とは天(天文)、地(東西南北の地勢と生態)、人(人間の生活や文化)のことで、世界を総合的、体系的に知るための枠組みといえます。この理論が『素問』の基礎となっているので、これを知らないと中国古代医学はつかめません。
『霊枢』は治療、特に鍼灸治療について詳しく書かれています。ですから鍼灸師の先生がたにはとても参考になります。とにかく漢方、鍼灸をやるのでしたら必読で、これを読まないと『傷寒論』、『金匱要略』も読めません。
――『素問』『霊枢』に書かれていることは現代の臨床にも役に立ちますか。
家本 病気についてはたくさん書かれているのですが、現代では古くて使えない箇所もあります。しかし十分通用することもたくさん書かれています。たとえば、『素問』の風論篇第四十二の風は感染症のことで、感染症について書かれています。痺論篇第四十三の痺は風にアレルギーが加わった病気のことで、これについて書かれています。痿論篇第四十四の痿は現代の生活習慣病のことを指します。厥論篇第四十五の厥は脳卒中や心筋梗塞といった血管と神経の疾患のことです。
鍼灸師の先生がたの臨床には、『素問』では刺腰痛篇第四十一の腰の痛みや骨空論篇第六十の膝の痛みといった痛みについて書かれている篇が一番役に立つでしょう。それから繆刺論第六十三は下痢や鼻血といった急性疾患について書かれています。
『霊枢』では官針第七と九針論七十八には鍼の種類と使用法、経脈第十〜経筋十三には経脈の流注と病気が書かれており、重要です。血絡論第三十九は、『素問』の繆刺論第六十三と同様、刺絡法について書かれています。また、『霊枢概説』の後ろのほうに治療の仕方をまとめて書きましたので、参考にしてください。
――『素問』『霊枢』が書かれた紀元前100年ごろというのは、環境汚染などもなく、人々はゆったりとした生活を送り、ストレスやアレルギーなどなかったのではないかと思ってしまうのですが、前述のように『素問』『霊枢』にはそういった疾患まで書かれていますね。
家本 その時代は「滄海変じて桑田となる」といわれるほど自然や社会環境がどんどん変わってしまう疾風怒涛の時代でしたから、現代と同様、良い環境とはとても言えない時代でした。ですから痺痿や厥などの病はとても多かったのです。また、『素問』『霊枢』が書かれた春秋戦国、秦、漢の時代というのは、身分の変動の激しい時代でストレスも多かった。ですからストレス症候群についても、『素問』疏五過論篇第七十七、徴四失論篇第七十八にしっかりと書かれています。
――『素問』『霊枢』を読むポイントを教えてください。
家本 『素問』『霊枢』ではやはり『素問』を先に読んだ方がよいでしょう。『素問』では、まず陰陽、五行、三才が書かれている上古天真論篇第一〜五蔵生成篇第十までは必読です。それから前述した風論篇〜厥論篇。あと病気のことを知る上で疏五過論篇第七十七と長刺節論篇第五十五は読んでください。『霊枢』では九針十二原第一、また漢方をするにも、鍼灸をするにも経脈第十は経脈の流注と病気が書かれているので、絶対的なものです。そして経別第十一〜経筋第十三も大事です。また血氣営衛のことを知る上で榮衛生会第十八も必読。疾病論では、厥病第二十四は読んでおいて下さい。それから人間の一生をみる意味で、『素問』の上古天真論第一と『霊枢』の天年第五十四も読む必要があります。あとは『素問』も『霊枢』も概説をつけていますので、それを読んで興味のあるところをピックアップしてください。
――『黄帝内経素問訳注』『黄帝内経霊枢訳注』の特徴を教えてください。
家本 原書は項目ごとの分類もまったくなく、すべてべたで羅列されています。おまけに木簡なので、木簡を編纂時にまとめる人が入れ間違えたりして、文章があちこちに飛んでいたり、うまくつながっていない箇所がいくつもあります。類書はこの状態で訳しているため、読んでも何を言っているのか、さっぱりわからないのです。
そこで本書では内容を分析し、そういった文章の入れ違いを組み直し、内容ごとに分かち書きにしました。内容の分析には医学的な知識が必要です。そういった点でも内容を確認しながら章をたて細かく分類、整理されているので、他の本と比べると断然読みやすさ、わかりやすさが違うと思います。
――古典を読む楽しさはなんですか。
家本 私は柴崎保三先生の講義で、漢語を勉強しました。柴崎先生は、1つの字についての解釈を丁寧に説明するため、これが非常におもしろくて、自然に字を覚えました。それで古典を読むのがおもしろくなったんです。古典を読むには字、漢語を知らないとだめです。また古典の勉強は人と話しながらするのが効果的なので、みなで集まって勉強するのがよいでしょう。古典を読んでいると、世界が見えてきます。私の場合、その補助となった本が、『比較文明』(伊藤俊太郎著、東京大学出版会)です。この本では人類は500万年の間に、5つの文明を経て現在に至っていることが書かれています。私はこういった本の助けを借りながら、古典を紐解くことで、東アジア、朝鮮、日本の医学の歴史、さらに世界の歴史が見えてきました。そして気がつくと世界を見渡せるようになっていました。
大鵬は3000里の水上滑走をし、その後空へはばたくと言われています。私は50歳から滑走を始め35年経ち、今やっと空に飛び上ったかなといった感じです。古典を読む楽しみは世界の見晴らしがよくなっていくということです。
家本誠一(いえもとせいいち) 1923年、横浜生まれ。1947年、千葉医科大学(現・千葉大学医学部)卒業。1951年、千葉大学医学部病理学教室入局。1956年、医学博士を取得後、横浜で内科医院を開設。60年、井上恵理氏に師事し、経絡治療を学ぶ。71年、柴崎保三氏の素問購読に参加、『素問』を読む。82年、「中国古典医学研究会」を設立、会長就任。横浜では「素問を読む会」を設立。『素問』『傷寒論』『金匱要略』『鍼灸資生経』『神農本草経』を読む。2003年、長期間一貫した『素問』『霊枢』、その他の研究・発表などで間中賞を受賞。 |
商品説明
東洋医学を学ぶ上で避けては通れない『霊枢』。本書は『霊枢』の内容を正確に把握し、現代医学のことばで明確に表現。また直訳はできるだけ避け、本文にない多くの言葉を補うことで、訳文だけで内容が分かるようになっている。「注」もたくさんあり、これまでの訳本にはない分かりやすさ!
主な内容
第1巻 第一部序説、第二部素問略説、第三部霊枢略説
本文:第一(九針十二原)〜第十八(營衛生會)(訓読、訳、注付き)
第2巻 本文:第十九(四時氣)〜第五十三(論痛)(訓読、訳、注付き)
第3巻 本文:第五十四(天年)〜第八十一(癰疽)(訓読、訳、注付き)
ISBN:978-4-7529-6055-3
著者:家本誠一
仕様:B5判(箱付き3巻セット)
第1巻:463頁
第2巻:461頁
第3巻:456頁
発行年月:2008/5/15